新年を迎えて


 スポーツ選手と、宗教者といずれが大変な道だろうか――。突飛と思われるような質問はこれまでに、幾たびも自分自身に投げかけてきました。


 たとえば筆者が新聞記者時代、運よく取材ができたアテネオリンピック800メートル自由形金メダリストの柴田亜衣さんは、大学のプールで毎日2万メートルを泳ぐ練習をこなしましたが、さらに酸素の少ない高地でのトレーニングで身体を鍛えました。入念なコントロールができなければ、体を壊してしまいかねない極限とも言える環境での訓練を経て、見事に勝ち得た栄光でした。

 

 一方、宗教家で印象的な人物と言えば、酒井雄哉(ゆうさい)・比叡山延暦寺大阿闍梨(比叡山で千日回峰行を2度満行)です。「私なんて、落ちこぼれですよ」と飄々と語ってくださった姿が今も記憶に残っています。酒井大阿闍梨がなされた千日回峰行とは、毎日、往復48キロ、標高差1300メートルを歩き続ける行です。途中、道なき道を歩くのですが、病気や何かの事情で、歩ききれない状況下になったら、自分が帯同している刀で自ら命を絶つという。刀がなければ、ひもで…。

 

 このように見ていくと、それぞれの頂上を極めんとするトップアスリート達も宗教者もまた、命懸けであるという点で全く同じと言えます。一方、対照的な点は、スポーツの世界ではライバルが明確に外にいますが、宗教では己自身が最大のライバルではないでしょうか。スポーツ選手は勝てば、一身に名誉と称賛を浴びますが、宗教者の道は絶えず自己犠牲と自己否定が求められます。

 

 筆者は、統一教会の教えに触れて、今年40年目を迎え、また今年の誕生日で還暦を迎えます。教会の未来が、少しでも明るくなるように。教会を通じて、日本社会に少しでもお役に立てるよう、自分の人生を懸けることができれば幸いと思います。自己犠牲などと言えるほどのことはできずとも。   

                             

広報局長 鴨野 守

kamono@uc-japan.org